どん底に落ちる前に気付くべき
米国コロナ対策を主導したファウチ博士が議会侮辱の疑いで告発へ…一方で日本のコロナ対策は誰も裁かれないのか?
新型コロナウイルスが世界を襲った2020年、米国のテレビに連日登場し、ウイルスの脅威を解説した小柄な医師がいた。アンソニー・ファウチ博士である。国立アレルギー感染症研究所(NIAID)の所長として、実に40年近く数々の感染症と闘ってきた、押しも押されもせぬ大御所であった。
パンデミックの初期、混乱と恐怖の中で科学的な事実を淡々と語る彼は、多くの米国人にとって「頼れる存在」であり、英雄でもあって、彼の顔がプリントされたマグカップや靴下が飛ぶように売れた。彼の活躍は日本でもよく知られて、京セラの創業者である稲盛和夫氏が創設した稲盛倫理賞を24年に受賞している。ところが26年の夏。85歳になったこの老医師は、米国議会上院公聴会で111回にわたって証言を拒否し、議会侮辱の疑いで告発されるという、かつては想像もできなかった立場に追い込まれている。いったい何が起きたのか。
流出した「非公開の日記」この公聴会には、もう一つの爆弾が仕掛けられていた。ポール議員が、ファウチ氏の1000ページを超える私的な日記を事前に公開したのである。
日記には、公の場での発言とは微妙に食い違う私的な記述があった。
例えばウイルスの起源について、公式には実験室流出説を否定していた時期にも、日記では「市場は発生源ではなく、あくまで感染を広げた増幅器だった」と書き留めている。ポール議員はこれを、「日記には本音を書き、国民には別のことを語った」二枚舌の証拠だと攻め立てた。
もっとも、この日記にはポール議員の主張を裏づける決定的な新証拠はほとんど含まれていないという、冷静な評価が多い。
それでは何が問題とされたのか。一つは中国への資金提供である。ファウチ氏の研究所は、中国・武漢のコウモリ・コロナウイルス研究に資金を出していたのだが、この研究の危険性について、議会で正直に説明しなかったという疑いである。
次は、ウイルスの実験室流出説を意図的に抑え込んだという批判である。私的には流出の可能性を認識しながら、公には「自然発生」を強調したという主張だ。しかし、ウイルスの起源についての見解は割れており、米連邦捜査局(FBI)は「実験室での事故」の可能性が高いと評価し、多くの科学者は、感染したコウモリから別の動物を介して人に広がったとする自然発生説を支持し、決着はついていない。
さらに、ロックダウンやマスク着用の義務化といった対策が、過剰で害の大きいものだったという批判、そして、ワクチンを強く推進する一方で、代替的な治療を軽んじたという批判である。
「尾身さん」はなぜ被告席に立たないのか日本にもまた、パンデミックの「顔」となった専門家がいた。新型コロナウイルス感染症対策分科会の会長を務めた尾身茂氏である。
安倍晋三、菅義偉と歴代の総理大臣の記者会見にたびたび同席し、国民に語りかけた。ファウチ氏が「米国の顔」なら、尾身氏はまぎれもなく「日本の顔」だった。
そして尾身氏もまた、批判と無縁ではなかった。感染が長期化するにつれ、当初の好意的な空気は薄れ、「前のめり」との声が上がった。総理会見に並ぶ姿から、「尾身さんたちが何でも決めている」という印象が広がったのである。
より具体的な批判もあった。尾身氏が理事長を務めていた独立行政法人・地域医療機能推進機構をめぐる「幽霊病床」問題である。多額の補助金を受けながら、系列病院のコロナ患者受け入れが低調だったため、週刊誌は「ぼったくり」とまで書き立てた。
専門家対策の「顔」自身の利益相反を疑う点では、米国の構図と通じるところがある。
ところが、日本の「尾身バッシング」は大事にはならなかった。この大きな違いを見て、「日本の方が健全」と単純に喜ぶことはできない。皮肉なことに、尾身氏自身が訴えているのは、日本ではコロナの「総括ができていない」点だ。誰も真剣に検証せず、誰も裁かれない。
今更という感じですが、一部、真実が明るみになったことにホッとしています。
これらは反ワク界隈からすれば、決して新しいニュースではありません。
しかし、コロナ禍において、すべて”陰謀”で片づけられていました。
現時点で、事実として認められているわけではありませんが、それではなぜ、ファウチは黙秘を続けているのでしょう。
それが正しい情報だからであり、都合の悪いことは話したくないというのが、その答えでしょう。
新型コロナワクチンは、有効性や安全性が確認され、薬事承認されています。
そのため、コロナワクチンが重篤な副反応を引き起こすという主張を、政府は誤情報であると説明しました。
しかし、承認されたコロナワクチンに、安全を断言できるエビデンスは今もありません。
また、新型コロナウイルスワクチンが妊婦の82%に流産を引き起こしたという主張も、虚偽であるとされました。
全く持病のない方が、ワクチンを打った翌日に亡くなったとしても、その原因をワクチンだとは断言しませんでした。
そもそも、当時ワクチンを打つことは絶対的な正義で、打たないことは完全なる悪でした。
今になってワクチンの害が認められても、もう打つ前の体には戻りません。
体の中に入ってしまった様々な物質は、ずっとそのままです。
ワクチンを打つというのは、それぐらい重いことです。
あの時は仕方がなかったで済む問題ではありません。
残念ながら、日本においては、このニュースはほとんど取り上げられていません。
テレビをにぎわすのは、グルメや芸能情報、スポーツニュースであり、3S政策そのままです。
日本人は、GHQによる強力な洗脳にいまだかかり続けています。
尾身茂は、コロナ禍で正義のヒーローのような存在でした。
しかし、裏を見てみれば、コロナによる補助金で私腹を肥やし続けていました。
ワクチンを始めとして、マスクや消毒等、不完全なエビデンスを盾にしたコロナ対策は、完全なる信仰でした。
ワクチンによって亡くなった方、今もその後遺症で苦しんでいる方は大勢います。
地震や台風等、日本に多発している災害は、気付きのための試練なのでしょうか。
どん底まで落とされれば、最後は日本人は一つにまとまるでしょう。
しかし、多くの痛みを伴うそれは、最後の手段であるべきです。
落ちるところまで落ちる前に、人々は、気付くことができないのでしょうか。

