神はなぜ悪を許されるのか
パラマハンサ・ヨガナンダ
この地上では必ず、善と悪が補い合うようになっています。
この世に創造されたものは、当然のこととして何らかの不完全さをまといます。
こうしなければ、唯一完全なお方である神が、ご自身の唯一の意識を分裂させて、ご自身と異なるように見える多くの創造物をつくりだすことは出来なかったでしょう。
様々に見える光も、光を引き立たせる影があってはじめて存在することができます。
悪がつくられなかったのなら、人はその反対である善を知り得なかったでしょう。
夜があるおかげで、明るい昼との違いが分かります。
悪は必ず生じますが、悪役を務める人は何と悲惨なことでしょう。
この世の惑わしに目がくらみ悪役を演じる人は、悪役の悲しいカルマによる定めに苦しまなくてはなりません。
その一方で英雄は、自分の美徳の神聖な報いを受けます。
われわれはこの心理を知り、悪を避けなければなりません。
善になろうとしていけば、われわれは神の高い境地――善と悪を超越した境地に到達できるのです。

