記憶が復活できる理由

頭部を失ったプラナリア、なぜ再生時に「記憶まで復活」できるのか

2013年に『Journal of Experimental Biology』オンライン版で発表された実験において、研究者らは、プラナリアの一種であるナミウズムシ(学名:Dugesia japonica)を訓練して、例えば、凹凸のある表面の感触を、照明のある場所での餌と結びつけるなど、特定の環境因子と好ましい結果を関連付けるよう仕向けた。

その後、ナミウズムシの頭を外科的に切り取り、文字通り、脳のない状態を作り出した。

研究者の予測通り、ナミウズムシは2週間ほどで頭を再生できた。しかし、ほとんど誰も予想していなかったのは、同じナミウズムシが、課題を簡単に復習させただけで、未経験のナミウズムシよりも速く、以前に条件付けられた行動を再獲得できたことだ。つまり、ナミウズムシは脳全体を再生したにもかかわらず、少なくとも以前に形成した記憶の痕跡を保持していたことになる。

記憶の保持が、単なる偶然ではなかったことは特筆に値する。実際、研究者による定量的で自動化された追跡調査では、頭部切断前に習熟していたナミウズムシは、再試験において、対照群よりも速く条件付け反応を再獲得したことが示されている。

この発見も驚くべきものだが、この発見の意味することは、それと同じくらい驚くべきものだ。すなわち、扁形動物の記憶が、何らかの形で、脳以外の組織(あるいは、神経系全体の外側)にコード化されている、ということが示唆されるのだ。

現代の科学のスタンダードでは、記憶は脳によって保持されていると考えられています。
記憶とは大脳皮質と海馬の連携によるものであり、神経細胞のシナプス部にあるたんぱく質の修飾によって起きていると解釈されています。
しかし、これは脳組織の変化を表したものであり、なぜそれで記憶ができるのかは謎のままです。

私たちは、脳が体における最重要器官であると教えられています。
確かに、脳は体の反応をモニターし、コントロールする司令塔のような存在です。
脳が、体にとって大事な器官であることは間違いありません。

しかし、その一方で、絶対的な存在である脳を再考しなければならないような事例も存在します。
イギリスでは、脳が数mmの厚さしかない人物が、IQ126を記録し、特に数学では優秀な成績を修めていたという事例が存在します。
また、ラスムッセン脳炎という病気で右脳の摘出手術を受けた女性が、現在ではほぼ通常通りの生活ができるようになっています。

記憶に関しても、臓器提供者の記憶やその人物の性格が、移植によって引き継がれるという話があります。
特に心臓移植に多いようですが、これは脳が絶対的なものではないことを示しているでしょう。

意識にしても、これは脳の働きによるものなのでしょうか。
スピリチュアルな観点から言えば、肉体は、あくまでも体を構成する一つです。
そして、肉体は下位の体であり、スピリチュアルな体こそが私たちの本体です。

このスピリチュアルな体には、さまざまなことが記憶されています。
それは、今世だけの話ではなく、自分が経験した過去世における記憶も同様です。
脳は、記憶の再生装置にしか過ぎません。

生物とは物質だけの存在ではありません。
脳を含めた肉体は、この世を経験するための、一時の乗り物にしかすぎないのです。