まず事実がある
科学を信望する医師の中には、整体には全く効果がないと考えている方がいます。
https://toyokeizai.net/articles/-/620885?page=3
骨盤がゆがむわけはないし、頭がい骨も動くわけはない。
まがい物でありインチキであると…。
解剖学は、死体を調べることによって発展していった学問です。
ベースにあるのはモノとしての身体です。
しかし、生きているモノと死んでいるモノ。
元は同じであっても、その2つにはとてつもなく大きな違いがあります。
死体になった途端に不気味にさえ感じるのはなぜなのでしょう。
生体には生命の律動があります。
心臓が鼓動を打ち、血液が全身を駆け巡る。
肌は赤みを帯び、熱を持つ身体。
呼吸によって膨らむ胸。
そして体全体としては、開いたり閉じたり、膨らんだり縮んだりという、微細な動きを繰り返しています。
感覚に集中し、身体のリズムを感じ取ろうと意識さえすれば、この動きは必ず感じられます。
しかし、モノとして考える限り、この微細な動きは感じられないかもしれません。
骨が動くわけはないし、骨がゆがむ訳はないとと考えているのであれば、先入観がそれを不可能にしてしまうでしょう。
環境は時々刻々と変化しています。
そして、生体には環境の変化に適応するための仕組みが備わっています。
この仕組みは、動きにするとほんの数ミリ程度でしかありません。
しかし、生体はこの余白を利用することで、環境の変化に対応しているのです。
整体においても、重要視しているのはこの余白であり、これが悪い方に表現されているのがゆがみです。
この遊びがないかどうかで、身体の質は大きく変わってきます。
もし、全くのまがいものであるのなら、私が日常的に体験していることは何なのでしょうか。
病院に行っても良くならなかったものが良くなる。
なぜ、ゆがみというものを取り除くことで、症状が良くなっていくのでしょうか。
逆に、科学的な理屈がすべてであるなら、良くならない人がいるのはなぜなのでしょうか。
歳だから仕方がない、分からないでは筋が通りません。
起こっている事実に対して蓋をしてしまうことが、決して科学ではないはずです。
歳だから仕方がないと考える前に、歳でも痛くない人がいるのを考えることが大事。
整体を批判する前に、まずは手段はどうであれ、目の前の患者さんを救うことが本来の役割なのではないでしょうか。

