終わりがあるから価値がある
生成AIで死者を“復活”させるビジネスは人を救うのか 指摘される懸念とは?
最近日本で、中国発のこんなニュースが話題になった。
https://news.yahoo.co.jp/pickup/6499336
TBSの報道によると、世界では今、インプットされたデータから文章や画像などを自動で作り出す『生成AI』の技術が急速に進化しています。
こうした中、中国では『生成AI』を使って、亡くなった人を『復活』させるビジネスが登場し、論争を呼んでいます」という。
つまり、生成AIに死んだ人の画像や声などを学習させることで、亡くなった人と対話ができるというものだ。
これは中国での話だが、実は世界では米国を中心にすでにこうしたサービスは始まっており、物議になっているケースもある。 TBSが報じた中国のサービスでは、亡くなった老人や、幼くして亡くなった子どもの動画を作って、家族にAIサービスを提供している。
確かに、家族などを失った人が、亡くなった家族と擬似であってもやりとりできるなら、心を癒やす効果があるというのは理解できる。
同サービスは「スーパーブレイン」という会社が提供しているもので、何カ月も前から海外メディアでも取り上げられていた。
フランスのテレビ局も2023年12月に報じており、こうしたデジタルクローンに注目が集まっていると紹介している。
世界的に注目度が高いのは間違いないし、ビジネスチャンスも広がっているということだろう。
人は必ず死にます。
人だけではなく、この世に永遠というものは存在しません。
すべては流れ移ろい、一瞬一瞬はすべて、そこにしかないものです。
終わりがあるからこそ、生きることにも価値が生まれるのでしょう。
近年、人の寿命は長くなっています。
60年前の平均寿命は65歳でしたが、今は80を超えることが当たり前になっています。
アンチエイジングも持てはやされ、今後は平均寿命が90歳ということになっていくのかもしれません。
しかしどんな技術をもってしても、死を免れることや老いを免れることは、誰一人としてできません。
避けられないものに関わらずそれに抗うのは、ただ苦しくなるだけです。
自分が死ぬ覚悟、周りが死ぬ覚悟、老いる覚悟を、本来私たちは受け入れるべきでしょう。
大事な人が亡くなるのは悲しいことですが、それは仕方がないことです。
AIが生前の本人の姿を模したとして、それで本当に満足するのでしょうか。
一時はそれで良いかもしれませんが、本当の意味で人を救うものではないでしょう。
経験から学ぶ気持ちや感情は、私たちを成長させる糧です。
悲しみの先にある希望を見つけることが、学びのためには非常に重要なのです。
死から目を背けるようなこの技術、個人的には何だかとても不自然に思えてしまいます。

