遺伝子の役割

遺伝子を限界まで削ぎ落とした人工生命

ゲノム編集で生命の構成要素が操作可能になった中、あのクレイグ・ベンターが、ゲノム設計という手法で遺伝子わずか473個の人工細胞を作製した。
驚いたことにその必須遺伝子の3分の1は機能不明だ。

必須であるのにその機能は不明である。
なんだか禅問答のような答えです。

この研究では、生命として維持するためにはどのぐらいの遺伝子が必要であるかということに切り込んでいます。
遺伝子は体の設計図であり、塩基は設計図に基づいて体を構成するパーツです。
これがすべてに通じる答えではありませんが、約半分の塩基がなくとも一応生命としては存在できるようです。

しかし、本当に生命を維持し、繋いでいける状態なのでしょうか。
通常よりも少ない塩基数ということは、イメージ的には体の一部が欠損していても生きられるといった状態です。
例えば小指がなくても、栄養補給、代謝、排泄はできるので生きながらえることはできます。
元となった細菌と比べた時、全く同じ細菌として機能できているのかという疑問は残ります。

現代人は無駄を省き、効率を求めることを第一に考えますが、私は無駄なものは何一つ存在しないと考えています。
すべてのコト、モノには役割があり、生産性だけではその価値が測れない部分もあるでしょう。

世の中のものはすべて相互に関連しあっています。
バタフライエフェクトは、ちょっとのことが結果的に大きく作用してしまうことの典型です。
長い目で見ると、何かの問題を起こしてしまうのではないかという不安を感じます。

研究としては非常に面白いと思います。
なぜ無駄な遺伝子を持ちながら、生物は生命を繋いでいるのか。
そしてそれは本当に必要なのか、不要なのか。
まさに創造主である神のみぞ知る領域なのではないでしょうか。