今こそ立ち止まる時

今日で震災から15年が経ちました。
私は福島出身ですが、やはり毎年、この日は感慨深いものがあります。

あくまでも帰省の際に私が思うことですが、現在街並みは復興し、震災の面影はほとんどありません。
震災以降、注目が集まったおかげで、以前よりも活気がある部分もあります。
地震や津波による直接の影響は、すでに解消していると言っていいでしょう。

しかしその裏では、ほとんど復興が進んでいない大きな闇があります。
福島原発の問題です。

津波によって福島原発はメルトダウンを起こしました。
多くの人はもう15年も経っているのだから、ある程度は解決していると思うかもしれません。

今までに取り出すことのできたデブリは、880トン中わずか0.9グラムです。
本格的な取り出しは2030年以降と計画されていますが、建物の中は依然として線量が高く、人間が作業をすることができません。
セシウムの放射線が完全に消えるまでには、数百年から数千年の月日が必要とされています。
すべてを取り出せたとしても、その間、どこかに保管、管理をする必要があります。
安全安心の未来のエネルギーのはずが、蓋を開けてみればこの有様です。

怖いのは、原発の稼働で燃料問題を解消しようという機運が、再び高まっていることです。
イラン情勢によって原油の高騰が問題化している今、さらにその動きに拍車がかかっています。
チェルノブイリしかり、福島しかり、人類はまた同じことを繰り返さなくてはならないのでしょうか。

資本主義は拡大することでしか、その存在を維持することはできません。
消費をあおり、欲をかきたて、人々に止まることを許そうとはしません。
幸せになるための資本主義が、資本主義のための幸せに成り代わってしまっています。

人類はもう十分に豊かです。
問題の解決には、簡単な話、辞めればいいのです。

欲張らなければ楽になれるのに、それが分からない。
心のあり方こそ疑うべきものなのに、それが分からない。
分け与えれば良いのに、それが分からない。
幸せを感じているのは心なのに、それを大事にしない。
現代は物質にとらわれ過ぎて、物事の本質が見えなくなっています。

便利過ぎているから、キャンプやアウトドアが流行るのです。
便利過ぎているこの現状が、異常であることに気付くべきなのです。
地球は人間だけのものではなく、すべての生物の共有財産です。
進歩ではなく、立ち止まって考えることが、もう必要な時期なのではないでしょうか。