氣のようで氣ではない
先日、氣を使っているのかどうかということを聞かれました。
前に気功の先生にかかっていたらしく、似ている部分があったそうです。
私は、気とは意識していませんが、波動というエネルギーは用いています。
色々と怪しい話をします。
そもそも私の土台には、万物はすべてエネルギーである、との考え方があります。
相対性理論で証明されたように、すべての物質は、エネルギーが具現化したものにすぎません。
周波数や波長の違いが、自と他との違いであり、多様性を生み出す大元です。
人間の感情や想念、スケールを広げると、惑星や宇宙でさえもエネルギーであり、その根源は神の愛によるものです。
神が人間を作り出しましたが、人間にも神の真似事はできます。
それは、科学に則ったことではなく、いわゆる超能力と言われる能力です。
実は、人間には誰しも備わっている能力ですが、それに気づくか気づかないだけだと私は思います。
気づけるか気づけないか、それは人間の意識次第です。
意識が芽生えれば、能力に対しての目が芽生え、だんだんと能力が開花していきます。
意識の力は自分が思っているよりも、とてつもない力です。
多くの成功者は、意識の力によってイメージを現実のものへと引き上げています。
そもそも、この世界はイメージを現実にしたからこそ、現実に存在するのです。
例えば、冷やせるものがあったらいいなという意識があり、それを実際に試行錯誤して、製品化したからこそ冷蔵庫があるのです。
物事はすべて、意識から始まっています。
私はエネルギー的な意識を持って施術をしています。
症状の原因となっているものに対して、意識を用いてエネルギー的な干渉するのです。
それがアレルセラピーの正体であり、神の力の一部なのでしょう。
気はエネルギーの一部の周波数です。
大きな見方をすれば、私も氣を使っていると言えるかもしれません。

