読書録 vol.12
どんな生物にも感覚器が存在する。
アメーバのような単細胞生物の場合は、体を包む細胞膜がその役割をする。
多細胞生物である人間にも、細胞膜に刺激を受容するレセプターがあり、基本的な性能は継続している。
私たちは感覚器があるからこそ、危険か安全かを判断でき、生存することができる。
また、感覚器によって自己を認識し、他を区別するため、アイデンティティの形成にも大きく寄与する。
さらには、視覚や聴覚を用いてコミュニケーションをとるからこそ、社会が成り立つ。
大げさではなく、感覚は世界を形成する土台なのである。
本書では、感覚器の進化を、興味深い事例を交えながら解説してくれる。
生物がいかに工夫を重ねて環境に適応していったのか、読み進めるとそれがよく分かる。
違う経路をとっても、結局は似たような構造になるところが、進化の面白いところである。
しかし、この進化とは、どういった仕組みで行われるのだろうか。
発達した感覚器の構造は、性能が良くなった分、どれも複雑である。
実際、理解をするのは中々骨の折れる作業であり、実に難解である。
自然は、このような構造を勝手に作り上げることができるのだろうか。
そもそも進化が自然なものだとしても、なぜこのシステムが備わっているのかという新たな疑問が生じる。
私は、やはり偉大なる存在を思わずにはいられないのである。
恐らく人為的にも作ることは難しいであろう。
人間のしていることは、自然の模倣である。
自然をお手本として、その構造を分析し、類似品を作り上げる。
その証拠に、人間は未だに生命を生み出すことができていない。
感覚器の話も非常に面白かったが、なぜなのかという疑問は大きくなった。
多くの感覚を持つ生物とは、かくも不思議な存在である。

