植物の会話

先日のニュースで、キノコ同士が会話をしているとの研究が話題になりました。
キノコ同士、電気信号を用いてコミュニケーションをしている形跡が発見され、電気信号には語彙のような規則性があり、ランダムなものではないそうです。
キノコは単体ではなく、ある程度群生して生育します。
そのため研究者は、電気信号は菌類が完全性を維持するのを助けるためのものだと結論付けています。

体内でも、細胞同士は体外にコミュニケーションをとっています。
同じように神経を介した電気的な信号や、ホルモンのような化学的な信号、また隣り合った細胞とも直接的にやり取りをします。
多細胞生物の私たちは、当たり前のように他者とコミュニケーションをとります。
それを考えると、キノコが会話をしていたとしても、特別不思議ではないのかもしれません。

バクスター効果という現象があります。
植物にウソ発見器をつなぐと現れる、思考のような反応のことです。

Wikipediaより
バクスターはポリグラフ研究所での仕事中、室内に観葉植物としてドラセナの鉢があったことで、このドラセナにポリグラフを繋ぎ、組織内の水分の動きを分析しようと思いついた。作業を続ける中、ふとドラセナを燃やしてその反応を試そうとしたところ、バクスターがそう考えただけで何も行動していないにもかかわらず、ポリグラフは突如強い反応を示した[3]。ほかにも人間や動物の挙動への植物の反応を検証し続けた末に、「植物は他者の思考を読み取り、感情的に反応している」との結論に至った[4][5]。 

スピリチュアル的に考えると、植物にはアストラル体がありません。
アストラル体とは感情を司る身体のことで、植物は物質体と、エネルギーの身体であるエーテル体の二つから成り立っています。
しかし植物には、全体としての大きなアストラル体が存在するようで、これがコミュニケーションに関係しているのかもしれません。

個人的には、植物は分かっているような気がします。
私は毎日、植物に声をかけながら水やりをしていますが、そうするとやはり成長が違う気がするのです。
野菜の育成法に音楽を聞かせるという方法がありますが、その方が実際、糖度が高く美味しいと言います。
理解しているかどうかは別として、何かに反応していることは間違いないでしょう。

その実態が、感情なのか、エネルギーなのか、それは分かりません。
しかし、大きな自然と言う枠組みで考えた場合、自があるのは、やはり他者の存在があるからこそです。
そこには、何らかの知性やコミュニケーションの手段があって当たり前なのかもしれません。