お金に使われる社会
やっとの思いで手に入れたマイホーム。
やっとの思いで大きくなった会社。
仕事を頑張った結果、それが形になったのは素晴らしいことだと思います。
家を買う場合、多くの人はローンを組みます。
そして、借金を返すためには、また同じように働く必要があります。
また、会社を維持するためにも、大きくするためにも、やはり同じように働く必要があります。
しかし、その責務に追われ、ボロボロになっている人が多いのはなぜなのでしょう。
家は幸せの象徴と言われますが、それは本当なのでしょうか。
人間は、得るよりも失うことをストレスに感じます。
一度手に入れてしまったモノに、すがりつこうとする習性があるのです。
モノは、一時の欲は満たせますが、また新しいモノが欲しくなります。
モノは、増やせば増やすほど、失うことにストレスを感じます。
幸福を求めるつもりが、実はどんどん不幸になっています。
それであれば、モノを増やす意味とは一体何なのでしょう。
欲は、手放せば楽になります。
仙人と呼ばれる人が、ボロボロの衣服を着て、あばら家に住むのは、それを知っているからです。
現代人はそんな生活をして楽しいのかと疑問に思うかもしれません。
それは、相対的な幸せが絶対であると毒されているからでしょう。
衣食住の苦労がない幸せ。
暑さ寒さをしのげる環境。
今日一日が無事に過ごせたことに安心する気持ち。
今の日本人は、すでに歴史上、一番恵まれた環境にあります。
幸せはお金ではなく感じ方です。
モノに価値があると思っているなら、まずは自分の常識を疑うべきです。
お金は重要かもしれません。
しかし、自分の健康を失ってまで、大切な人との時間を犠牲にしてまで、大事なものなのでしょうか。
一度健康を失ってしまうと、取り戻すためにはお金がかかり、全く元通りにはなりません。
お金を使わなくても、大切な人と一緒なら、それだけで幸せなはずです。
お金がもたらすのは、刹那の幸せであり、本質ではないのです。
お金は、私たちを縛っています。
お金があるから、やりたいことも制限されているのです。
私たちは、お金を使うつもりが、お金に使われてしまっているのです。

