気を遣う世の中

先日患者さんから、今は会社で普通に会話するのにも気を遣うという話を聞きました。
モラハラやセクハラという言葉は知っていましたが、現場での取り組みも相当進んでいるようです。
社内でもそのための研修があり、普段の言葉の選び方にも相当気を遣っているそうです。

その中で一番驚いたのは、プライベートなことはあまり詮索しないということでした。
例えば、明日は何か予定があるの?とかを聞いたりするのは完全にNGということでした。
上司から聞かれたら、答えたくなくても答えなくてはいけないというモラハラに相当するそうです。

私も、用事がなければゆっくりして欲しいということもあり、施術後の予定を聞くことがあります。
しかし、何らかのハラスメントと受け取る人も居たのかもしれないと思うと、ゾッとしました。

時々世の中の変化を恐ろしく感じます。
確かにモラハラ、セクハラというのは大問題であり、これは是正すべきです。
しかし、私は息苦しさを感じてしまいます。

結局このようなルールを敷かねばならないというのは、コミュニケーションの不足が原因でしょう。
良好な関係が築けていれば、絶対に不快には感じないからです。
同じ言葉でも言う人によっては、セクハラ認定されてしまうのがその証拠ではないでしょうか。

コロナ渦を経て、オンラインでのやり取りが当たり前になりました。
オンラインでのやり取りでは、雑談がなく要件を伝えることに終始すると言います。
移動もなく短時間で済むため、ビジネス的には効率が上がって良いことなのかもしれません。

しかし、最終的に大事なのはコミュニケーションです。
ツイッター等で、平気で人を傷つけるようなことを言う人が増えているのはなぜなのでしょう。
身近な人であれば、絶対にそのようなことはしないはずです。
画面を介してのコミュニケーションは相手への想像力を欠如させてしまうのです。

若い世代であればあるほど、画面上でのやり取りが当たり前で育ってきています。
新しいコミュニケーションと言えば聞こえはいいですが、果たしてそれで良いのでしょうか。

人間と動物の違いは、圧倒的なコミュニケーション能力です。
そして、そういった進化をしてきたこともポリベーガル理論によって証明されています。
能力的に弱い人間は、仲間を作ることで自然界の頂点に立つことができたのです。

自分を磨くには、人に揉まれて磨くしかありません。
対面でのコミュニケーションこそが人間関係を育み、成長させます。
手振り、身振り、表情、声のトーン、大きさ、雰囲気…etc。
単に言葉のやり取りだけがコミュニケーションではありません。
経験不足によって情報を読み取る能力が落ちている。
私は、そこが根底の問題のように感じています。