読書録 vol.1

備忘録としての読書の記録です。

ぼくはやっと認知症のことがわかった 長谷川和夫


認知症の専門医が、実際に自分が認知症になって書かれた本。
認知症は、いったんなったらずっとその状態であると思われがちだが、そうではないらしい。
身体の調子や気分によって、いい時と悪い時の波があるということである。
脳の機能の障害のせいで、一部忘れっぽくなっていたり、怒りっぽくなっていたり、そういった弊害も起こったりもするが、ボケる前と全く同じ人間で、決して何も分からない訳ではない。子供のように扱われたり、ボケだからといって、ぞんざいに扱われると非常に傷つく。理解に時間がかかるだけである。だから焦らずに、じっくりと待って欲しい。長谷川医師はそう記している。

デイサービスで働いていた頃、この人はボケているからしょうがないと、こちらの都合で、全く逆のことをしていたことに気づく。周りのスタッフもそうだったが、個人の人格を尊重していなかった。認知症は老化現象の一つ。自分もいつか通る道かもしれない。あの時の皆さんには、お詫びをしたい気持ちである。

また、興味深い記述があった。

「朝起きた時は調子がよいのだけど、だんだん疲れてきて、夕方になると混乱がひどくなる。
でも、一晩眠るとすっきりして、またフレッシュな新しい自分が甦ります。」

結局、認知症は脳にゴミがたまり、情報の伝達が上手くいかなくなる病気である。
睡眠には、記憶の整理と、脳のゴミ処理という二つの役割がある。起床時に調子がいいのは、脳のゴミが処理されたからであろう。

ゴミが処理される経路は脳の循環によるものである。静脈とともに、脳脊髄液の流れは大きく関係しているだろう。オステオパシーにおいて、脳脊髄液は最重視される体液であり、それの循環を促すテクニックも多岐にわたる。脳脊髄液が上手く流れるようになれば、認知症の症状も改善できるのではないか。オステオパシーの可能性を感じ、嬉しくなった。


身体意識を鍛える 閉じ込められたカラダ 高岡英夫

今興味がある身体意識に関する本。高岡の著書には難しいものも多いが、これに関しては非常に読みやすかった。身体にはセンター、下丹田、中丹田、リバース、ベスト、ビーム、裏転子といったシステムが存在するらしい。2003年出版の書籍なので現在とはまた違うかもしれないが、まだまだ自分は身体意識の入り口にいるということに気づかされる。

また、各々の身体意識は、独立したものではなく、それぞれが関連しあっているということである。いびつに鍛えるより、バランスよく鍛えることが理想的であるいうことが書かれていた。

まず、自分としては中心軸であるセンターの感覚を身に着けつつ、他の感覚にも手を広げたいところである。感覚の育て方に難しいものはなく、簡単に取り組めそうなものばかりである。

ただ、まずは身体をゆるませるのが肝心であるとも書かれていた。身体がゆるんでいないと、正しい感覚が育たないそうである。朝のヨガか瞑想の後に実践するのがよさそうである。

人生の教養が身につく名言集 出口治明

単に世界の偉人が残した言葉を紹介しているのではなく、本人のエピソードを交えて、より読者にわかりやすい形で紹介してくれている。得てして、こういった偉人たちの言葉というのは、非常にシンプルではあるが、どれも核心をついた言葉である。しかし、シンプルであるがゆえに、本当に伝えたいメッセージが伝わらない場合もある。しかし今作は、著者の分かりやすい語り口によって、どの言葉であっても自分の府に落ちるような感覚があった。伝えることが上手な人はうらやましい。
現在、出口先生は病気療養中とのことである。無事の回復をお祈りしております。